大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)387号 判決 1965年9月06日
控訴人 佐々木一郎
被控訴人 滋賀県知事
訴訟代理人 伴喬之輔 外七名
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の被控訴人に対する買収処分取消の訴のうち買収、処分の実体的違法を攻撃する部分以外のもの、買収処分無効確認の訴、所有権確認の訴、登記抹消の訴を却下する。
3 控訴人の被控訴人に対する買収処分取消の訴のうち買収処分の実体的違法を攻撃するものを棄却する。
4 控訴審における訴訟費用は全部控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。滋貿県農地委員会が昭和二三年一〇月一八日原判決添付目録記載の土地についてした買収計画を取り消す。当審において次のとおり新訴を提起する。右買収計画に基づき右土地について行なわれた買収処分を取り消す。控訴人と被控訴人との間で右買収計画に基づき右土地について行なわれた買収処分の無効あでること及び控訴人が右土地について所有権を有することを確認する。被控訴人は右土地について農林省を取得者とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴人が当審で提起した新訴を却下する。被控訴人の本案前の抗弁が認容されないときは、控訴人が当審で提起した新訴請求を棄却する。」との判決を求めた。
当事者双方の主張は次のものを加えるほか、原判決事実記載と同一(ただし、原判決添付目録一枚目表三行目「一五四五ノ一」を「一五四五」に、同表五行目「〇、七二五」を「〇、七二三」に、同表六行目「一五四九ノ一」を「一五四九ノ二」に、同裏六行目「一五六五」を「一五六五ノ一」に、同裏一一行目「八〇、〇六」を「八二、〇六」に、同二枚目表二行目「一五七四」を「一五七四ノ一」に、同「〇、一二三」を「〇、二一三」に、同表六行目「一五七九ノ一」を「一五七九ノ三」に、同表一〇行目「〇、九〇七」を「〇、六〇七」に、同表一行目「三一、二七」を「三一、二一」に、同三枚目表一行目「四、六〇六」を「四、五〇六」に、同表六行目「三一五、五二」を「三二五、五二」に、同表九行目「一六五〇」を「一六五二」に、同裏二行目「一三四、七五」を「一三四、五七」に、同裏三行目「一六六〇ノ二」をを「一六六〇ノ一」に、同四枚目表一行目「一、二二〇」を「一、三二〇」に、同「五二七、七三」を「五五七、七三」に、同表五行目「〇、一〇二」を「〇、一〇三」に、同表七行目「一六八五」を「一六八五ノ一」に、同裏五行目「一三五、二〇」を「二三五、二〇」にそれぞれ改め、同四枚目表八行目「六二、四二」、同表九行目「一一一、三八」をそれぞれ削る。)であるから、これを引用する。
(控訴人の主張)
一、滋賀県農地委員会は、昭和二三年一二月一日控訴人の異議申立を却下する旨の決定をしたので、控訴人は同月一三日滋賀県知事に訴願したが、同知事は昭和二四年一月五日訴願棄却の裁決をし、その後本件土地について買収令書を発行した。
二、本件買収手続には、次のとおりの無効又は取消の事由が存在する。
(一) 買収計画書は滋賀県農地委員会名義の文書であるが、事務当局の作成したものであつて、委員会で確認されたことなく、その内容も委員会の決議と一致していない。この計画書には委員会の決議に基づいた旨の表示がなく、公告をすべき日時、計画書作成日時、委員会備付の日時の表示がない。
(二) 買収計画について適法な公告がされていない。
(三) 異議却下決定は、昭和二三年一二月一日付で作成されているが、異議却下に関する決議は同日されておるから、同決定書はその日付よりも後に作成されたものと推知することができる。異議却下決定は会長服部岩吉名義で作成されているが、会長服部岩吉は右決議の議事に関与せず、また同委員会は同人に異議却下決定の作成を委任したこともない。したがつてこの異議却下決定は会長服部岩吉が権限なく作成したものであり、委員会で右決定書を確認したこともない。
(四) 裁決は、その前提となる異議却下決定が無効である以上、当然無効となる 。
(五) 滋賀県知事が本件買収計画に適法な認可をしたことを否認する。
(六) 控訴人は滋賀県知事から買収令書の交付を受けたことはなく適法な発行がされていない。
三、本件買収には、次のような実体的無効又は取消の事由がある。
(一) 自作農創設特別措置法(以下自創法という。)中未墾地買収に関する第三〇条その他の法条は、大日本帝国憲法及び日本国憲法に違反する無効のものである。大日本帝国憲法においては、公用徴収は起業者に収用の目的物の所有権を帰属させる場合にのみ許されるのである。政府が農地を増大するため未墾地を開拓する必要があるのであれば、土地収用法により、政府自ら未墾地を取得し、国有として開拓を自営すべきものである。ところが自創法に定める未墾地買収は、政府自らが開拓事業を行なうのでなく、従来当該未墾地に何ら関係のなかつた第三者に分配するため、過渡的手段として政府が一時所有権を取得するものである。小作地を開放し農村の民主化をはかろうとする自創法第一条の農地買収とは全く立法上の目的と根拠とを異にし、僅少の者に利益を与え、未墾地の所有者に損害を加える結果となり、甚しく公平を欠き、著しく正義に反するものであるから、大日本帝国憲法及び日本国憲法に違反することが明らかである。
(二) 本件未墾地買収は、控訴人所有山林の地盤のみについて対価を払いその所有権を取得しようとするものであつて、控訴人が山林地盤の上に有する竹木その他の地上物件や営林権その他の地盤の使用収益権は、買収の対象となつていない。控訴人のこれらの収益を消滅させるべき公用徴収が併行してされない以上、土地の形質を変更し農地を造成する開拓事業を行なうことはできない。したがつて、このような未墾地買収は違法無効である。
(三) 本件山林は、開拓して農地を造成するに適した土地ではない。本件山林以外に本件山林よりも開拓に適した未墾地が多く存在するにかかわらず、控訴人が本件山林所在地に住所を有しないため、在村山林所有者の山林の買収を除外し、本件山林を他に優先して買収したのは、地域の選定に公平を欠き、正義に反するものである。
本件山林は、元来砂地であつて、開拓に高価な費用を投じても、良質の畑地を得ることは困難である。開拓の適地であるかどうかを決するには、農林省の定めた開拓基準を参考とすべきものであるが、この基準の適用については極めて周到な調査考究を要するものである。単に土質のみによつて決すべきものでなく、その環境その他諸般の事情を参酌し、これを山林として植林の用に供することと、開墾して農地化することと、いずれが国土経営に適当であるかによつて決すべきものである。本件山林は、その土質に適合する植林をするか、あるいは鋳物用として良質である土砂の採取地とするかによつて利用するのが国土経営上適当であつて、単純に本件山林を開拓適地と論断することはできない。
(四) 本件買収土地のうち田一〇筆、畑一五筆、控訴人自作中のものを未墾地買収に附帯して買収されたものであるが、右田畑は、自創法第三〇条第一項第三号に定める土地に該当するものではない。同条項に該当するためには、本件山林の開拓事業の遂行について必然的に使用収益を必要とする場合に限られ、開拓された隣接新農地の農業経営上必要とするものを含むものではない。本件田畑は、本件山林に接続しているけれども、本件山林を開発するについて本件田畑を併せ買収する必要があるものと認められる事由は何ら存在しない。
四、本件土地は農林省が買収計画に基づく買収処分によつてこれを取得したにかかわらず、その後十数年間開拓の用に供されていないばかりでなく、一部は道路敷に転用されている。買収は基本である買収計画の自壊作用によつて法理上当然失効したものである。
五、本件買収対価のとりきめは無効であり、少くとも不当に低額であるから、取り消されるべきものである。
六、以上のとおりであるから、控訴人は、被控訴人に対し、本件買収計画の取消を求めるほか、当審において新訴を提起し、本件買収計画に基づき本件土地について行なわれた買収処分の取消を求め、右買収計画に基づき右土地について行なわれた買収処分の無効であること及び控訴人が右土地について所有権を有することの確認を求め、右土地について農林省を取得者とする所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求める。
なお、買収計画及び買収処分は一連の手続であるから、滋賀県農地委員会、滋賀県農業委員会の承継人である滋賀県知事に対して、買収計画の取消のみでなく、買収処分の取消、さらに買収処分の無効確認を求めることができるものである。
(被控訴人の主張)
一、(一) 控訴人は、本件買収計画に対し異議申立をしたが、異議申立棄却の決定を受けると、昭和二三年一二月二一日滋賀県知事に対し訴願を提起すると同時に本訴を提起したものであつて、行政事件訴訟特例法第二条但書に定めるような、訴願の裁願の裁決を経ることにより著しい損害を生ずる虞れのあるときその他正当な事由がある場合にあたらないから、買収計画取消の訴は、訴願前置主義に反するものとして、却下されるべきものである。
(二)(1) 滋賀県農地委員会は昭和二六年法律第八八号農業委員会法の施行に伴い昭和二六年八月二一日滋賀県農業委員会に改められ、滋賀県農業委員会は昭和二九年法律第一八五号農業委員会等に関する法律により昭和二九年九月一日消滅し、同日滋賀県農業会議が成立し滋賀県知事が承継した。
(2) 控訴人が当審で提起した買収処分の取消及び無効確認を求める新訴は、処分行政庁である滋賀県知事を相手方としてこれを提起すべきものである。ところが、被控訴人は、処分行政庁としての滋賀県知事でなく、滋賀県農地委員会、滋賀県農業委員会の権限を承継した滋賀県知事であるから、右訴は、相手方を誤つた不適法なもので、却下されるべきものである。
(3) 控訴人が当審で提起した所有権確認及び登記抹消を求める新訴は、承継人である滋費県知事を相手方とするものであつて、前同様相手方を誤つた不適法なものとして却下されなければならない。
(三) 控訴人が当審で提起した新訴は、買収処分をした行政庁としての滋賀県知事に対する訴が、委員会に対する訴に追加的に併合されたものかどうか、追加的併合があつたとすればそれは何時であるかは明白でない。
追加的併合は書面によるべきものであつて、控訴人が昭和三八年三月二九日当審口頭弁論期日に口頭でした併合の申立は不適法であり、被控訴人はこれに対し直ちに異議を述べた。控訴人が同年六月五日当審口頭弁論期日に陳述した同日付準備書面の記載も、控訴人が同年七月一七日当審口頭弁論期日にした釈明も、追加的併合の申立と認めることはできない。
もし、当審における新訴が、買収処分をした行政庁としての滋賀県知事に対する訴が追加的併合されたものとすれば、右併合は行政事件訴訟法施行後であるから、被控訴人は同法第一九条第一項、第一六条第二項により併合に異議を述べる。
(四) 仮りに右異議が認められないものとすれば、買収処分取消の訴は、出訴期間経過後提起されたものであつて、不適法として却下されなければならない。すなわち買収処分取消の訴が提起されたのは昭和二八年四月一三日であつて、本件買収令書の交付に代る公告がされたのは昭和二四年六月一〇日であるから、出訴期間を経過したものであることは明らかである。行政処分の取消を求める訴において、請求を変更しあらたに行政処分の取消を求めることのできるのは、その行政処分についての出訴期間内でなければならない(最高裁判所昭和二六年一〇月一六日第三小法廷判決、判例集第五巻第一一号五八三頁参照)。もつとも、最高裁判所昭和三一年六月五日第三小法廷判決(判例集第一〇巻第六号六五六頁)は、買収処分取消の訴は、買収行為の実体的違法を攻撃する部分に関する限り、すでに買収令書交付前から訴訟が提起されていたのと同視すべきであり、右の部分に関する限り、買収処分の取消請求は、買収計画取消の訴を提起したときに提起したものとされるから、出訴期間は徒過していない旨判示している。しかしながら、この判決は前記判決と矛盾するものであり、また処分を実体的部分と形式的部分とに区分し、一方は出訴期間内、他は出訴期間徒過のものとして取り扱うようなことは、一般行政法理に適合しないし、買収令書交付前から買収処分の取消を求めることができるとする解釈は、一般訴訟法理に反する。
(五) 買収処分無効確認の訴は、却下されるべきである。行政事件訴訟法第三六条によれば、処分無効確認の訴は、処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴によつて目的を達することができない場合に限り、提起することができるのであつて、控訴人は買収目的物件の所有権確認の訴その他によつて救済を求めることができるのであるから、訴の利益がなく、原告としての適格を欠く。
(六) 所有権確認、登記抹消の訴は、買収処分庁としての滋賀県知事に被告適格を欠くから、却下されるべきものである。
二、本件買収手続は、すべて適法に行なわれた。
(一) 買収計画書は、滋賀県農地委員会の決議に基づき作成されたものであつて、買収計画書に委員会の決議に基づいた旨の表示がなくても、また公告をすべき日時、計画書作成の日時、委員会備付の日時の表示がなくても、買収計画が不適法となるものではない。
(二) 買収計画は、昭和二三年一〇月二二日適法に公告が実施され、関係書類は縦覧に供せられた。
(三) 異議決定は、滋賀県農地委員会の決議に基づき適法にされたものであり、異議決定を前提とする裁決も適法である。
(四) 未墾地買収計画の認可は行政庁内部の意思表示であつて、その存否や適否は、買収計画や買収処分の効力に影響を与えるものでないが、本件買収計画については昭和二四年一月一〇日認可されている。
(五) 買収令書は、昭和二四年二月一一日頃控訴人にこれを交付しようとしたが、控訴人が受領を拒否するので、同年六月一〇日令書の交付に代る公告をした。
三、本件買収計画及び買収処分は、実体上適法である。
(一) 自創法第三〇条以下の規定に基づく未墾地買収計画及び買収処分は公共の福祉のための必要に基づくものであるから、憲法に違反するものではない。
(二) 未墾地買収は、原則として当該土地の利用権を含む所有権及び当該土地と一体となつている地上物件を国に買収しようとするものであるから、本件未墾地の買収計画も買収処分も、本件土地の利用権を含む所有権及び本件土地と一体となつている地上物件を対象としているものと解すべきものである。
(三) 本件山林は、開墾適地である。本件山林は、大部分に小笹その他の雑草が生えており、全体として畑作地として極めて好適の地質を有している。本件山林を農地として開墾するにはそれほどの労力を要しない。本件土地の土砂は、鋳物用として他に容易に求められないというほどのものではない。本件土地は第二次大戦中に控訴人が工場建設用地として地元農民から買収したのであるが、工場生産は緒についたばかりで終戦となつたので、その小規模な鋳物工場用地として十分に余裕のある一、一六九坪が残されており、地元農民は本件土地の開拓を切望する旨の申出をしている。
本件土地附近は、古くから日野川右岸及び同川と光善寺川との合流点より下流の流域の人家及び田畑を保護するため、洪水時の遊水地帯であつて、市街地に適しない。東海道本線篠原駅開設以来約四〇年を経過しているが、その発展は他に比べて著しく遅れている。
本件買収に含まれた川向一、六五五番に隣接する一、六五三番及び一、六五四番の一畑は、自創法第三条により清水小次郎から買収ずみである。
控訴人が旧道南側に所有していた川向一、五四四番の一、一、五四五番の山林を買収したのは、附近一帯が開墾された後、原野又は荒廃農地として放置される可能性が認められたので、旧道南側に存在する他の一団の土地と同様に買収したものであつて、何ら平等の原則に反するものではない。
以上のような本件土地の自然的条件と本件土地の利用に関する総合的見地からいつて、本件土地は開墾適地と判断されるべきものである。
もともと、開墾適地かどうかの判断は、農地委員会の自由裁量に属するものであり、本件土地を開墾適地と認めた農地委員会の判断は、右裁量権に従つて適法に行使されたものであるから、本件買収計画、買収処分は適法である。
(四) 本件土地のうち農地に対する買収も適法である。本件買収土地八九筆四町二反二畝四歩のうち現況田一〇筆七反一六歩、畑一五筆四反一〇歩は、控訴人工場の従業員が余暇に耕作している程度のものであり、その耕作状況は拙劣である。これらの農地はいずれも本件未墾地に接続又は介在しているので、本件未墾地の開拓に際し、道水路等の施設を実施し、当該土地の農業上の利用を増進するために必要なものである。それで自創法第三〇条第一項第三号に基づき右農地を本件未墾地と併せて開発するのを相当と認めて買収したものであるから、右農地の買収は適法である。
四、控訴人は、本件土地が現に未開発のまま放置され、その一部が県道敷に転用されているのは不当であると主張するけれども、処分の当否は処分時の事実によつて判断すべきもので、処分以後の事実は、処分当時明らかに予見のできた事実のみ判断の資料とされるに過ぎない。本件土地のうち一、六七八番外一四筆計八三七坪四の上に幅員五メートル五の砂利敷道路が設けられているが、これは昭和二八年三月三日着工され同月三一日完成したものであり、処分時には道路敷として転用する計画さえ全くなかつた。控訴人の主張は、本件行政処分の効力発生後における本件土地の事実状態に関するものであつて、本件行政処分の効力に影響を及ぼすべきものではないから、失当である。
五、買収の対価の額について不服のある者は、増額の請求をすべきものであつて、対価の不当を理由として買収計画や買収処分の効力を争うことは許されない。
なお、本件土地について農林省を取得者とする所有権移転登記があることは認める。
当事者双方の証拠関係は、次のものを加えるほか、原判決事実記載と同一であるからこれを引用する。
(控訴人)
甲第一三、第一四号証、第一五号証の一から六までを提出し、当審における証人藤井功清、斉藤伝吉、青木庄三、堀井弥吉、田中市郎、重田源治郎、青木治兵衛、黒川善治郎の証言、検証の結果(第一回から第三回まで)、控訴人本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙第二〇号証の成立を否認する。当審で提出されたその他の乙号各証の成立を認める。
(被控訴人)
乙第一四号証から第一七号証まで、第一八号証の一、二、第一九、第二〇号証を提出し、昭和三二年一月一四日付滋賀県土木部長の回答を援用し、当審における証人重田源治郎、青木治兵衛、橋本幸治郎の証言、検証の結果(第一回から第三回まで)を援用し、甲第一三、第一四号証の成立を認める。甲第一五号証の一から六までの成立は不知。
理由
(本案前の抗弁について。)
一、滋賀県農地委員会は昭和二三年一〇月一八日控訴人所有の原判決添付目録記載の土地について自創法第三一条第一項に基づき未墾地買収計画を立てたので、控訴人は同年一一月九日異議の申立をしたが、同年一二月一日却下されたので滋賀県知事に訴願したところ、昭和二四年一月五日付で訴願棄却の裁決があり、その後控訴人に裁決書謄本が送達されたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第四号証、乙第一一号証によると、控訴人が訴願書を郵便で差出したのは、昭和二三年一二月二二日であることが認められる。
二、被控訴人は、控訴人は異議申立棄却の決定を受けると、滋賀県知事に対し訴願を提起すると同時に買収計画の取消を求める訴を提起したものであつて、右訴は訴願を経由していないから却下されるべきものであると主張し、農地買収計画取消の訴は、異議申立の手続だけでなく、訴願の裁決を経たうえでなければ、提起することができないものであるけれども、訴願棄却の裁決が昭和二四年一月五日付でされ、その後その裁決書の謄本が控訴人に送達されたことは、前示のとおりであつて、昭和二三年一二月二一日右訴が提起された当時には未だ裁決は効力を発生していないから訴の提起は不適法であつたが、その後裁決書謄本の送達により、裁決が効力を発生した以後は、右瑕疵は治癒せられ、訴の提起は適法となつたものといわなければならない被控訴人の右抗弁は失当である。
三、(一) 被控訴人は、控訴人が当審で提起した買収処分の取消及び無効確認を求める新訴は、処分行政庁である滋賀県知事を相手方としてこれを提起すべきものである。ところが、被控訴人は、処分行政庁としての滋賀県知事でなく、滋賀県農地委員会、滋賀県農業委員会の権限を承継した滋賀県知事であるから、右訴は、相手方を誤つた不適法なもので却下されるべきものであると主張するけれども、農地委員会等に関する法律附則第二六項によると、県農業委員会を当事者とする自創法の規定に基づいてした処分に関する訴訟であつて、その処分をした県農業委員会の置かれていた県の区域を地区とする県農業会議が成立した際現に係属中のものは、当該県農業会議の成立の日に当該県知事が受け継いだものとする旨定められ、滋賀県農業会議が昭和二九年九月一日成立したことは記録上明らかであるから、同日をもつて滋賀県知事は、滋賀県農業委員会を当事者とする訴訟を受け継いだものとされる。このように県知事は法律の規定によつて県農業委員会を当事者とする訴訟を受け継ぐことを定められているけれども、これは行政庁である県知事に右のような訴訟に関する権限を与えただけであつて県知事が行政庁として本来行政事件訴訟の当事者として有する地位に変りがあるものでなく、被控訴人主張のように、県農業委員会を当事者とした訴訟についてのみ権限を有し他に及ぶことができないような特別の地位にある県知事を定めたものではない。県農業委員会を当事者とする訴訟を受け継いだ県知事を相手方として買収処分の取消及び無効確認を求める訴を提起することができるかどうかについては、後に説明するように、右買収処分の取消を求める訴を提起した当時の相手方は県農業委員会であつてもよいか右買収処分の無効確認を求める訴の取消を求める訴への併合は許されるか等の問題はあるが、被控訴人主張のように、買収処分の取消及び無効確認を求める訴について県農業委員会を当事者とする訴訟を受け継いだ県知事を相手方とすることができないものということはできない。
(二) 被控訴人は、控訴人が当審で提起した所有権確認及び登記抹消を求める新訴については、滋賀県農業委員会の承継人に過ぎない滋賀県知事を相手方とすることができないものであると主張するけれども、右主張の理由がないことは(一)で説明したとおりである。
四、控訴人は、昭和二八年四月一三日の当審口頭弁論期日において陳述した同日付準備書面に基づき滋賀県農地委員会(正確にいえば滋賀県農業委員会である。)を相手方として控訴の趣旨を訂正し、同委員会が昭和二三年一〇月一八日決定した控訴人所有の原判決添付目録記載の土地に関する政府の未墾地買収を取り消す旨の判決を求めた。ここに控訴人が「政府の未墾地買収」というのは、「知事の買収処分」の趣旨であることは記録(五五六丁)上明らかである。買収処分の取消を求める訴は、前示のように滋賀県農業会議が成立する前である昭和二八年四月一三日滋賀県農業委員会を相手方として提起された。したがつて右買収処分取消の訴は、滋賀県知事を相手方としていない不適法があるばかりでなく、成立に争のない乙第一八号証の一、二、第一九号証によると、滋賀県農地委員会は、桐原農地委員会に依頼して昭和二四年二月一一日頃控訴人に本件買収令書を交付しようとしたが、控訴人が受領を拒否したため、買収令書の交付に代る公告がされたのは昭和二四年六月一〇日であることが認められるから、右訴は出訴期間経過後に提起されたこととなる。しかしながら、前に説明したように滋賀県知事は昭和二九年九月一日から滋賀県農業委員会に代つて本件訴訟の当事者となる適格を取得したものであるから、被告を誤つたものとして被告を滋賀県農業委員会から滋賀県知事に変更した場合に準じ相手方を誤つた不適法は当然治癒されたものと解するのを相当とする。控訴代理人が昭和三八年三月二九日及び同年七月一七日当審口頭弁論期日で述べたところは控訴代理人の法律上の見解に過ぎない。また、買収処分の取消を求める訴は、買収処分の実体的違法を攻撃する部分に限り、買収令書交付前から訴が提起されていたのと同視すべきであり、買収処分の取消を求める訴は、右の部分に関する限り、買収計画の取消を求める訴を提起したときに提起したものとされるから、出訴期間は徒過していないが、買収処分の実体的違法を攻撃する部分以外のものは、出訴期間を徒過したものといわなければならない。したがつて買収処分取消の訴のうち買収処分の実体的違法を攻撃する部分以外のものは不適法として却下を免れないが、買収処分の実体的違法を攻撃するものについては相手方を誤り、出訴期間を徒過した不適法のものであるとの被控訴人の抗弁は、採用するこどができない。
五、控訴人は昭和三八年六月五日の当審口頭弁論期日において陳述した同日付準備書面に基づき控訴の趣旨を追加し、「滋賀県農地委員会の買収計画に基づき原判決添付目録記載の土地について行なわれた政府買収(農林省名義の所有権取得)の無効であること及び控訴人が右土地について所有権を有することを確認する。被控訴人は右土地について農林省を取得者とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。」との判決を求めたものであつて、ここに控訴人が「政府買収(農林省名義の所有権取得)」というのは「知事の買収処分」の趣旨であることは、記録上明らかであり、右準備書面には被控訴人として滋賀県農地委員会訴訟承継人滋賀県知事が記載されている。しかしながら、前に説明するとおり、右新訴の提起された当時滋賀県知事は滋賀県農業委員会を当事者とする訴訟を受け継いでいたものであつて、その当事者適格は右受け継いだ訴訟に限定されるものでなく、滋賀県知事は通常と同様の当事者の適格を有することに変りはない。したがつて右書面の表示にかかわらず滋賀県知事に対し右書面によつて請求の追加的併合がされたものということができる。被控訴人は右請求の追加的併合に対し行政事件訴訟法第一九条第一項第一六条第二項により異議を述べるというけれども、昭和三八年六月五日右併合がされた後同年七月一七日の当審口頭弁論期日において被控訴人がこれについて異議を述べないで本案について弁論をしたことは、記録上明白であるから、被控訴人の右主張も失当である。
六、控訴人が買収処分無効確認の訴を提起したのが昭和三八年六月五日であることは前示のとおりであるから、行政事件訴訟法第三六条の適用があるものである。同法条によると、処分効無確認の訴は、処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴によつて目的を達することができない場合に限り、提起することができるのであつて、控訴人は、買収の目的となつた土地の所有権確認の訴その他現在の法律関係に関する訴によつて救済を求めることができるのであるから、原告としての適格を欠くものであり、右訴は、不適法として却下されるべきものである。
七、控訴人は、被控訴人を相手方として控訴人が右土地の所有権を有することの確認を求め、右土地について農林省を取得者とする所有権移転登記の抹消登記手続を求めているけれども、このような私法上の法律関係に関するものについては、国を相手方とすべきものであつて行政庁である被控訴人を相手方とすべきものではないから、右訴は、不適法として却下されなければならない。
そこで、買収計画取消の訴、買収処分取消の訴のうち買収処分の実体的違法を攻撃するものについてのみ、本案について判断する。
(買収手続において取消の事由があるかどうかについて。)
一、成立に争のない乙第一四号証によると、本件未墾地買収計画書は昭和二三年一〇月一八日滋賀県農地委員会で議決、決定したものであつて、もとよりその内容も同委員会が議決、決定したものであることが認められる。買収計画書に、委員会の議決によることや、公告すべき日時、計画書作成年月日、委員会備付の日時を表示しなければならないものとする根拠はない。
二、成立に争のない乙第一六号証によると、本件買収計画は、昭和二三年一〇月二二日適法に公告が行なわれ、関係書類が縦覧に供されたことが認められる。
三、成立に争のない乙第一五号証及び当審証人黒川善治郎の証言によると、本件異議申立却下決定は、昭和二三年一二月一日滋賀県農地委員会で議決、決定された。右委員会には会長服部岩吉は出席しなかつたが、異議申立却下決定書は会長服部岩吉名義で作成されていることが認められる。しかしながら、会長は委員会を代表するものであるから、会長名義で右決定書を作成するについて特に委員会から作成を委任されることを必要とするものではない。また、会長が議事に関与しなかつたとしても、会長名義で右決定書を作成したことをもつて不適法のものということはできない。決定書作成後委員会があらためてこれを確認することを必要とするものではない。
四、異議申立却下決定が無効でない以上、その無効を前提として裁決の無効を主張する控訴人の主張の理由がないことは明らかである。
五、成立に争のない乙第一七号証によると、本件買収計画は昭和二四年一月一〇日認可されたことが認められる。
六、桐原村農地委員会は、滋賀県農地委員会の依頼に基づき昭和二四年二月一一日頃控訴人に買収令書を交付しようとしたが、控訴人が受領を拒否したので、同年六月一〇日令書の交付に代る公告をしたことは前示のとおりである。
以上のとおり本件買収手続には控訴人の主張するような取消の事由が存在しない。
(買収に実体的無効又は取消の事由があるかどうかについて。)
一、控訴人は、自創法中未墾地買収に関する法条は、大日本帝国憲法及び日本国憲法に違反すると主張する。自創法は、耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速かつ広汎に創設し、また、土地の農業上の利用を増進し、もつて農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図るという公共の福祉のための必要に基づいて制定されたものであつて、政府が農地の所有者から農地を買収して小作農に売り渡し、あるいは未墾地の所有者から未墾地を買収して農業に精進する見込のある者等に売り渡そうとするものである。未墾地所有者から未墾地を買収することが公共の福祉のため必要とされる場合があることは、農地所有者から農地を買収する場合と何ら異るところはない。大日本帝国憲法第二七条は日本臣民はその所有権を侵されない。公益のため必要な処分は法律の定めるところによる旨規定したものであつて、未墾地を買収することが公益のため必要であれば、法律でこれを定めることができる。土地収用法により政府が未墾地を買収し開拓を国営する以外に方法はないというようなものではない。自創法中未墾地買収に関する法案は、大日本帝国憲法や日本国憲法に違反するものでないことは明らかである。
二、控訴人は、本件未墾地買収は地盤のみを対象とし、竹木や地盤の使用収益権を対象としていないから、農地として開発することは不可能であり、未墾地買収は違法無効であると主張する。しかしながら、自創法第三〇条は未墾地上にある「立木」又は建物その他の工作物を未墾地と別個に買収の対象とすることができることを規定し、同法第三三条は未墾地買収に関し地上物件を収去させることができることを規定しておる。したがつて、自創法第三〇条によつて未墾地が買収されたときは、その地上に生立する「立木」でない竹木その他土地と一体になつている地上物件にも、買収処分の効果は及ぶものであり、所有者の土地に対する使用収益権が土地所有権の買収に含まれることはいうまでもない。本件土地買収対価として支払われたものには竹木の価格を含むのである。
三、控訴人は本件山林は開拓適地でない。本件山林よりも開拓に適した未墾地が他に多く存在すると主張する。未墾地買収は、自作農を創設し、又は土地の農業上の利用を増進するため必要がある場合に行なわれるものであり、右必要性の認定については、農地委員会は、目的地が開墾適地であるかどうかの点ばかりでなく、目的地附近の社会的条件、国の農業政策、資源確保、災害防止の必要度等の諸要素を検討して考慮する必要がある。したがつて、農地委員会に以上の諸要素を基礎とした相当広範囲の裁量権が与えられていることが明らかである。しかしながら、農地委員会は開墾して農地とすることが明らかに不可能又は明らかに不法不当と認められる土地を未墾地として買収する権限を有するものでなく、この限りにおいて農地委員会の裁量には一定の限界があるものといわなければならない。
成立に争のない乙第一号証から第四号証まで、第一二号証から第一四号証まで、第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証、原審証人重田宇市、斎木政治、向井喜蔵、黒川正夫(一部)、当審証人斉藤伝吉、重田源治郎、青木治兵衛、橋本幸治郎の証言、原審鑑定人川口桂三郎、森田志郎の鑑定の結果、原審及び当審(第一回から第三回まで)における検証の結果、当審(第一、二回)における控訴人本人尋問の結果の一部を総合すると、次の事実を認めることができる。
本件土地は、東海道本線篠原駅北方約三〇〇メートルにあつて、古来日野川流域の洪水時における遊水地帯となつており、住宅地や工場敷地として好適の場所ではない。本件土地は、傾斜なく、日当りよく、大部分の土砂は畑作用として極めて好適であり、一部分の土砂は幾分砂質に過ぎるが、裁培用作物を選択し、あるいは客土、自給有機質肥料の施用等により、容易に良好な畑地として利用することができる。控訴人は昭和一七年か一八年頃本件土地を地元民から買収し、工場を建設し、海軍指定工場として旋盤等を使用し、機関銃弾の製造に従事していたのであるが発展をする前に終戦となり、昭和二二年八月頃初めて鋳物工場を経営するようになつた。工場建物は建坪約六八坪のものが二棟あつたがその後一棟は撤去された。控訴人は昭和三三年度において八日市労働基準監督署に対し雇用労働数を八人と報告しておるが、その後五人から六人となり、同年度において右工場の事業所得について所得税の課税を受けておらない。右工場設備を拡張するについて具体的な準備がされたこともない。右工場経営のための用地としては、右工場及び住宅敷地を含む三反八畝二九歩すなわち一、一六九坪(滋賀県農地委員会が本件買収計画の対象からこれを除いたことについて当事者間に争はない。)だけで十分であつて、本件買収によつて控訴人の右工場の経営に何ら支障を来すものではない。その他の広大な余剰面積について元の所有者その他多数の地元農民から開拓希望の申出があつたので、滋賀県農地委員会においては審議の結果、本件土地を含む蒲生郡桐原村大字古川字川向、大字安養寺字上野、野洲郡篠原村大字小南字流、辻ノ内、大字高木字穴田流所在合計一四町五反六畝二一歩について買収計画を立てたものである。本件土地は、その一部に松等の生立している所もあるが、大部分は小笹その他の雑草地であつて、その間に介在して控訴人が自作したり、控訴人の工場の従業員が家庭菜園式に開いたり、附近の農家の者が控訴人の承諾を得て大豆やさつまいも等を植付けたりした畑地があつて、その全体の状況からみてこれを農地として開墾するにはそれほど労力を要するものではない。本件土地の土砂は、鋳物用土砂としてその使用目的によつて良質のものということができるが、他に容易に求めることができないものでなく、右土砂を鋳物用に使用する場合数回から数十回の使用に堪えることができるものである。したがつて、控訴人が自己の経営する鋳物工場用として使用する土砂を採取するについて前示一、一六九坪中敷地以外の部分は狭過ぎるものということはできない。
原審証人黒川正夫、当審証人藤井功清の証言、当審(第一、二回)における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠と比べ合わせると信用することができず、甲第九、第一二号証によつても右認定をくつがえすことはできない。
第三者の作成したもので弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七号証、第一五号証の各一から六まで、原審証人黒川正夫、当審証人藤井功清、田中市郎の証言、当審(第一、二回)における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人が本件土地の土砂を鋳物用として他に売却したことが認められるけれども、前示のように本件土地の土砂は鋳物用として他に容易に求めることができないものではなく、農地委員会が本件土地全部を鋳物用土砂採取地として残しておいて工業用資源を確保するよりも、本件土地を開墾して農地とする方が農業政策上適当と認めたことをもつて、あながち不法不当ということはできない。
前示乙第一八号証の一、二によると、本件買収の対象となつた川向一、六五五番地に隣接する川向一、六五四番の一山林は、大正六年六月一、六五三番の山林筆に合され、地目は畑に変更されたが、昭和二二年一〇月二日自創法第三条により所有者清水小次郎から買収されたことが認められる。
前掲各証拠によると、控訴人が旧道南側に所有していた川向一、五四四番の一、一、五四五番の山林を買収の対象としたのは、これを除くと附近一帯が開墾された後原野又は荒廃した農地として放置される可能性があるものと認め、旧道南側に存在する他の一団の土地とともに買収したものであることが認められる。
他に本件土地を買収したことが、控訴人に対し著しく公平を欠いたものと認めるに足りる証拠は存しない。
以上のとおりであるから、開墾して農地とすることが明らかに不法不当と認められる土地について農地委員会が買収計画を立てたものということはできない。
四、本件買収土地八九筆四町二反二畝四歩のうち現況田一〇筆七反一六歩、畑一五筆四反一〇歩が自創法第三〇条第一項第三号により買収計画の対象とされたことは当事者間に争がない。
成立に争のない甲第一三号証、乙第五、第六号証、第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一号証、当審証人斉藤伝吉、橋本幸治郎の証言、前示検証の結果によると、右田畑は、控訴人や控訴人工場の従業員が工場労働の余暇に耕作している程度のものでその耕作状況は租雑であり、供出量も少ない。右田畑は、いずれも本件未墾地に接続又は介在しているので農地委員会は本件未墾地の開墾に際し導水路等の施設をし、当該土地と併せて開発するのを相当としたものであることが認められ、これを明らかに不法不当のものということはできない。
五、控訴人は、本件土地が現に未開発のまま放置され、その一部が県道敷に転用されているのは不当であると主張する。しかしながら、処分の当否は処分当時の事実に基づいて判断すべきものであつて、処分以後に生じた事実は、処分の当時から明らかに予見できた場合のみ判断の資料とされるのである。
昭和三二年一月一四日付滋賀県土木部長の調査嘱託に対する回答、前示検証の結果によると、本件土地のほぼ中央を東西に幅員約五メートルの砂利敷の県道が設けられているが、道路新設の計画は昭和二七年二月一〇日決定され昭和二八年三月完成したものであることが認められる。当審証人藤井功清の証言、当審(第一回)における控訴人本人尋問の結果中、本件買収は農地を開発するためでなく道路を設けるためである旨の趣旨の部分は確実な根拠を欠き採用することができないばかりでなく、県農地委員会が将来道路敷に転用される計画のあることを知つて買収処分をしたことを認めるに足りる証拠はない。控訴人の右主張は、本件買収処分当時未だ発生せず、予見することさえできなかつた事実を前提として右買収を違法と主張するものであつて、採用することはできない。
六、控訴人は買収対価の不当を理由として買収計画及び買収処分の取消を求めるというけれども、対価の額について不服のある者は増額の請求をすべきものであつて、対価の不当を理由として買収計画や買収処分の効力を争うことのできないことは明らかである。
以上説明のとおり、滋賀県農地委員会のした本件未墾地買収計画、滋賀県知事のした本件未墾地買収処分には何ら不適法の点がないから、控訴人に対する買収計画の取消の訴、買収処分取消の訴のうち買収処分の実体的違法を攻撃するものは、失当としてこれを棄却すべきものである。そうすると、買収計画取消の訴についてこれと同旨の原判決は相当であつて、これについての本件控訴は理由がないから、これを棄却しなければならない。そこで訴訟費用の負担について民訴法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 熊野啓五郎 斎藤平伍 朝田孝)